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「年賀状を出す人は大人」?

東京の銭湯には北陸出身者による経営者が多いらしい。

シンガポール、クアラルンプール、バンコクには潮州会館など華僑が集まる会館と互助組織の名残が大都会の片隅に残っている。そのような民族を超えた地域に根を張った互助組織は目につきやすい。

 一方、東京にも昔から同じ日本人なので外見では判断できないが、同郷出身者が集う地域には県人会などの形でいろいろな地域の互助組織があった。例えば、最近も愛知県人寮が来年度の入寮者を募集している。

 同様の形で北陸出身者が集まる会館も勿論存在していた。昭和初期、ここでノウハウが伝授されたのが当時黄金期を迎え各店舗が内装を豪華にすることにしのぎを削っていた銭湯だったといわれている。時代が下って東京でも見ることが少なくなったが、立派な宮造りの銭湯は往時の名残。

 また、昔ながらの銭湯には浴槽の傍に立派なタイル絵がついていることが多い。これは同じ北陸繋がりで優秀な金沢の九谷焼職人に仕事を委託できたからだと言われている。九谷焼の職人は白磁のタイルに立派な絵を描くことに秀でていたらしく、銭湯のタイル絵との相性が良かったらしい。

(写真は著作権がよくわからないので掲載しませんが、興味があるならググっていただけたら)

 

 東京の銭湯が下火になるのと時同じくして、九谷焼も後継者不足などに苦しんでいるのは何とも悲しい。。。

 

さて、前座が長くなってしまったが、、、

 

私の基本的スタンスは銭湯、九谷焼のような伝統文化が残っていくには現代の形に合わせていくしかないというものである。

昔は伝統を頑なに守るのか伝統文化を変形していくのかどちらが良いのか答えが出せなかった。ただ、去年の「ちゃんと年賀状、ちゃんと大人」という郵便局のコピーを見てから、完全に方針が固まった。あのキャンペーンを見た時の名状しがたい違和感の正体は今でもよくわからない。f:id:tsuyoshi0223:20151225013303j:plain

売り手側が自分たちの利益を新たに得るための努力の方向性としては、絶対に間違っていたと思う。

あれを見てから、旧来の手法を守るように利用者側に呼びかけるのは望ましくないあり方だと思っている。

銭湯に関しても、古いスタイルを守ることと旧来のスタイルをお客さんに呼びかけることをはき違えないで欲しいなと思うのであった。

古いスタイルを守りながら新しい顧客を捕まえる。両立するのはとてつもなく難しいと思うが頑張ってほしいなと他人ながら思ってしまうクリスマスの夜。